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映画『千と千尋の神隠し』に登場するカオナシ。欲望のままに巨大化し暴走する姿は、多くの人の記憶に残っているでしょう。
しかし物語はそこで終わりません。ニガダンゴをきっかけに元の姿を取り戻し、最終的に穏やかな表情を見せるようになるカオナシ。 一体、カオナシはどのようにしてその最終形態へと辿り着いたのでしょうか?
この記事では、カオナシの衝撃的な変化を追いながら、彼の最終形態に隠された深い意味を考察します。
カオナシの基本情報を確認
カオナシとは一体何者なのでしょうか😳。宮﨑駿監督いわく「カオナシなんて周りにいっぱいいますよ。(中略)ああいう誰かとくっつきたいけど自分がないっていう人、どこにでもいると思いますけどね」とのこと。自分を持たず、出会うもの、人によって変化するのがカオナシという存在なのです😌 pic.twitter.com/UX6LEVawAA
— アンク@金曜ロードショー公式 (@kinro_ntv) January 5, 2024
カオナシは、映画「千と千尋の神隠し」に登場する不思議で謎めいたキャラクターです。
最初は、湯屋に入るためのチケットを持っていなかったため、橋の上でじっと立ち尽くしていました。この姿からカオナシが油屋という世界になじめず、どこか居場所を見つけられない存在であることが感じ取れますね。
カオナシは人間の言葉をほとんど話しません。「あ」「え」「う」といったうめき声のような音や、独特の仕草で自分の気持ちを表現します。
またときには他人の言葉を真似ることもあります。油屋で迷子のようにさまようなか、千尋との出会いをきっかけに、少しずつ行動を変えていく姿が印象的でした。
外見
カオナシの外見は黒い影のような体に白い仮面のような顔、そしてその下に大きな口を持つという非常に特徴的なものです。
手足は細長くて人間のような形をしていますが、体全体が不定形で状況に応じて大きさを変えたり、姿を消したりすることもできます。
性格
カオナシは自分自身の意志や個性を、ほとんど持たない存在として描かれています。周囲の人々の言動や感情に影響されやすいです。

特に千尋に強い関心を寄せ、彼女を喜ばせたい一心でさまざまな行動を取る姿が、印象に残っています。
またカオナシは他者と関わる手段として、金品や物を使うことがあります。これはカオナシが「愛」や「友情」といった感情を十分に理解していません。
物質的なものを通じてしか、他者の関心を引く方法を知らないことを表しています。
模倣を通じて存在意義の確認
さらにカオナシは他者を模倣する能力も持っています。例えば、カエルの従業員を飲み込んだ後、その従業員の姿や言動を真似る場面があります。
この様子から、カオナシが自分の個性を見つけられず、周囲に溶け込むことで存在意義を探そうとしているのではないか、と捉えることができるでしょう。
カオナシの最終形態に至るまでの遷移
カオナシの暴走シーンから形態から、最終形態までの遷移をお伝えします。
肥大化し暴走する姿
カオナシは油屋での暴走中に、他者を飲み込むことで体が肥大化し醜悪な姿へと変化します。次のような特徴が見られます。
■巨大な体
通常の姿よりも体が非常に大きく膨張しています。
■大きく開いた口
口を大きく開け、たくさんの食べ物を飲み込もうとしています。
■多くの歯
口のなかにはたくさんの歯が生えています。
■大きな舌:
大きく赤い舌が強調されています。
■仮面のような顔
顔は白い仮面のようですが、どこか苦悶しているような表情に見えます。
■食べ物に囲まれている
丸焼きの豚やその他の料理が散乱しており、カオナシがそれらを貪り食っている様子がわかります。
■狂暴な雰囲気
全体的に、落ち着きがなく、貪欲で恐ろしい雰囲気を醸し出しています。
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暴走中の形態ではカオナシの体は巨大化し、動きも鈍重になります。
肥大化した姿は、カオナシが他者の欲望や性格を取り込んだ結果です。カオナシの内面の混乱や孤独感が外見に反映されたものと解釈されています。
元の姿に戻る
カオナシは、映画の中盤で千尋からニガダンゴを食べさせられることによって、今まで取り込んでいた従業員たちを吐き出し、元の無個性な姿に戻ります。
この行動はカオナシが自己中心的な欲望から、解放される象徴的な瞬間といえるでしょう。
銭婆の元で過ごす姿が最終形態?
元の姿に戻った後、カオナシは銭婆のもとに留まります。銭婆はカオナシを受け入れ、家事を手伝わせることで新たな居場所を提供します。

カオナシはここで平穏に過ごし、暴れたりすることもなくなりましたね。
カオナシは銭婆のもとで穏やかな表情を見せるようになり、そのままと銭婆と共に暮らすことになります。
自己中心的で破壊的だった行動から抜け出し、他者とのつながりのなかで、新しい自分らしさを見つけ始めたことが感じられますね。

しかしカオナシの最終的な姿を、一概に「穏やかな存在」と断定することは難しいかもしれません。宮崎監督自身も、カオナシの解釈については観客の想像に委ねている部分があるようです。
大切なのはカオナシには「真の姿」という固定されたものがなく、ありのままの自分でいることで幸せを見つけたという点なのではないでしょうか。
作中におけるカオナシの役割とは
カオナシは作中において次のような役割を担う重要な存在です。最終形態までの遷移を踏まえて、カオナシの役割を解説しますね。
まずはカオナシは千尋の成長を後押しするきっかけを与えています。カオナシの暴走を目の当たりにするなかで、千尋は自分の心の強さや他者への思いやりを深く学び、少しずつ成長していきます。
次にカオナシは油屋という欲望が渦巻く世界において、「空虚さ」や「孤独」を象徴する存在ともいえるでしょう。

カオナシの行動や在り方は、物質的な豊かさが必ずしも幸福に直結しないことを私たちに暗示しているようです。
カオナシの解釈・考察
カオナシについては、次のような多くの解釈や考察がされています。
- 欲望の象徴
- 現代人の象徴
- 心の成長
- 消費主義の危険性
個別に解説しますね。
欲望の象徴
カオナシは、人間が持つ際限のない欲望を象徴する存在として見られますね。油屋の人々の欲望に振り回されるなかで、自らを見失っていくカオナシの姿は欲望がもたらす危険性を強く感じさせます。
現代人の象徴
カオナシは現代社会に生きる人々の孤独や不安、認められたいという気持ちなどを象徴する存在として捉えることもできますね。
周囲に流されやすく、自分の個性を確立できない現代人の姿を映し出しているといえるでしょう。
心の成長
一方で、カオナシは心の成長を遂げる可能性を秘めた存在としても描かれています。千尋との出会いを通じて、カオナシは自己中心的で破壊的な行動から解放され、他者と向き合うことを学びます。
千尋と共に油屋を去った後、カオナシは以前よりも落ち着き、穏やかさを取り戻していました。この変化は、千尋との交流がカオナシに心の平安をもたらしたことを示しているように思えます。

まるで憑き物がとれたような感じでしたよね。
消費主義の危険性
カオナシは油屋での無尽蔵な消費主義の危険性を象徴する存在ともいえるでしょう。
カオナシは際限なく食べ物を消費し、その結果、自分を見失って周囲に混乱を招きます。この姿は物質的な欲望に溺れることで、失うものの大きさを私たちに伝えているのかもしれません。
カオナシの最終形態まとめ

欲望に身を任せた狂暴な姿から一転、銭婆のもとで穏やかな最終形態を迎えたカオナシ。
カオナシの変化は、千尋との出会いやニガダンゴ、そして新しい居場所との出会いによってもたらされました。
「カオナシ 最終形態」は、単なる物語の結末ではなく、自己を見つめ直し、他者との関わりを通して成長することの大切さを教えてくれます。
この記事が、カオナシの最終形態について深く理解する一助となり、物語をより一層楽しめるきっかけとなれば嬉しいです。